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1番星の観光ガイド - 観光情報を簡単検索でタグ「長野県+観光の四方山話」が付けられているもの

 諏訪盆地の真ん中に位置し、長野件の観光の中心でもある諏訪湖。岡谷市、諏訪市、下諏訪町に股がり海抜759m、湖周15.9km、面積13.3㎡の信州一大きな湖。諏訪湖はかつて非常に水質のよい湖であり、江戸期には琵琶湖や河口湖からの蜆が放流され、鯉、鮒、ワカサギ漁も行われていた。大正11年(1922年)に日本初のフィギアスケートの公式試合も行われ、冬には諏訪湖特有の御神渡りが観られ、全国から観光客で賑わう。四季折々に様々な魅力に溢れる諏訪湖は、花火一色で彩られる観光で訪れた人々を魅了する。今日では長野県の観光ルートに欠かせない存在で、団体の観光客、少人数の観光客、家族連れの観光客で一年を通して賑わっている。大型観光バスの駐車場完備。

 徳川家康によって宿駅が定められ、中山道六十九次の内、江戸から42番目の宿場として栄えた妻籠宿。隣接する馬籠宿や馬籠峠を越える旧中山道史跡と並んで、木曽路を代表する観光名所として賑わっている。昭和51年(1976年)には国の重要伝統的建造物群保存地区rとして最初に選ばれた一つでもある。街道沿いに江戸時代の家並を見事に保存、総面積も日本一で長野県を代表する観光名勝でもあり、連日全国から大勢の観光客が押し寄せている。団体の観光客や少人数の観光客など観光バスやマイカーで訪れている。大型観光バスの駐車場完備。

 観光でも根強い人気の長野県山ノ内町にある温泉。一帯は湯田中渋温泉郷と呼ばれ、旅館35軒が建ち並び、外湯9カ所源泉の本数は37カ所も擁して、源泉も高温でそれぞれの泉質も異なり効能も異なる。石畳に木造の旅館が建ち並び、浴衣で闊歩するには相応しい温泉街で観光で訪れる観光客も多い。この温泉の歴史は古く、1300年前に行基が発見したと伝えられている。また戦国時代は武田信玄の隠し湯のひ一つでもあり、川中島の戦いで傷ついた兵士を療養させ、温泉寺も寄贈した。江戸時代には佐久間象山、小林一茶、葛飾北斎などの文人墨客も訪れている名湯で、団体の観光客や上人数の観光客そして家族連れの観光客が温泉を楽しんでいる。大型観光バスの駐車場完備。

 長野県の北部、志賀高原を源とする横湯川の渓谷に位置し、標高は850mで一年のほぼ三分の一が雪に覆われる厳しい環境。ここに世界でも珍しい猿専用の温泉があり、猿が入浴を楽しむユーモラスな光景を観察でき。昭和39年(1964年)の開苑以来、ニホンザルの興味深い生態を間近で観察でき、そして猿が温泉に入る光景が世界中の人々に愛されている。また多くの研究者や写真家、観光客も訪れており、冬場に猿が温泉に浸かる国際的な観光地として外国からの観光客も増えている。今日では長野県に欠かせない観光ルートになり、大勢の観光を兼ねた湯治客も多い。

 戦国時代の永生年間(1504年~1520年)に、松本平に井川館を構えていた小笠原氏が林城を築城し、その支城として深志城が築城したのが松本城の始まり。後に甲斐の武田が攻撃し、松本平を支配下に置いたが滅亡。その後は、武田遺領を巡る天正壬午の乱において、木曾義昌が支配したが、同年6月には越後上杉氏に擁立された小笠原旧臣の助力を得て、小笠原洞雪斉が奪還する。その後、石川数正・松平康長・水野家など藩主が変わる。文禄年間(1593年~1594年)に建てられた五重六階の店主が日本最古と云われている。明治の大改修後の昭和11年(1936年)に国宝に指定された。周辺は松本城公園として整備され、北アルプスを背にした姿は、松本のシンボルってより日本の国宝にに相応しく、連日観光客で賑わっている。大型観光バスの駐車場完備。

 参道は2kmあり、奥社は何百メートルもの断崖の真下に建てられています。霊山・戸隠山の麓を中心に創建された二千年余りに及ぶ歴史を刻む神社。 現在の奥社は、孝元天皇5年(紀元前210年)と云われている一方、日本書紀の天武紀には684年に三野王信濃に派遣し、翌685年に朝臣3人を派遣して仮の宮を造らせたとある。明治に入ると明治政府によって神仏分離令や修権宗廃止令などが出され、その為廃仏毀運動が起き戸隠山顕光寺を分離し、神社と宗僧は還俗して神官となった。 当時戸隠の寺院に奉られていた仏像などは、戸隠近隣の村の寺院などに現在も祀られている。現在では名物の戸隠そばを目当てに訪れる観光客も多く、観光気分で参拝する人も増え、長野県の代表する観光スポットになっている。

 牛に引かれて善光寺参り知られ、観光の名所にもなっている善光寺。その歴史は古く、推古天皇10年(602年)頃に難波に捨てられていた仏像を本田善光が発見し、出身地の信濃国麻績の里(現在の長野県飯田市)に持ち帰って祀ったと伝えられている。その後、皇極天王10年(642年)に、現在の阿弥陀如来が長野市に移され、ここの建てられて堂宇が今の善光寺の始まり。本堂は撞木造と呼ばれる独特の構造を持ち、東日本最大の規模を誇り、江戸中期仏教建築の傑作で無宗派の単立寺院。これは日本に仏教が諸宗派に別れる以前の寺院で、宗派に関係なく位置づけられているからだ。本田善光が始めた飯田市に祀った寺院は元善光寺として現在も残っている。また七年に一度、御開帳も行われ観光をかねた参拝客で賑わう。大型観光バスの駐車も完備。

 縦断するように木曽郡を流れる、木曽川の源流で知られる木祖村。緑豊かな村は、森林や清流を育む自然豊かな村で、自然を満喫するにには最適な場所。なかでも約80年の歴史を誇る水原天然林は、面積約82haの手つかずの天然林が整備され、推定樹齢200年を超える木曽ヒノキ、サワラなどの針葉樹とブナ、ナラ、トチノキなどの広葉樹が混生する全国でも珍しい天然林。また太古の森と原始の森と名付けた二つの散策コースや床並の滝までのトレッキングコースもあり、家族連れもにも気軽に満喫できると評判。他にもこだまの森ややぶはら高原スキー場あり、観光気分で自然を堪能できるのも一興。京都をはじめとする都会の観光地を訪れもいいが、自然を探索をしながら木祖村の自然に勤し木祖村の歴史に触れることもでき、気楽に観光パンフレットを持ち乍ら自然に触れてみよう。