全国の観光施設や観光情報、宿泊施設・名産品などを紹介するインターネット検索サイト

温泉ナビ 温泉情報検索サイト

1番星の観光ガイド - 観光情報を簡単検索でタグ「熊本県+観光の四方山話」が付けられているもの

 阿蘇山と南外輪山に抱かれた南阿蘇村白水地区は、いたる所から水が湧き出て、熊本市街地の中央を流れやがて有明海へと流れる白川。その源流が吉見神社境内にあり、全湧水中最大規模の白川水源。日量は約9万屯で、年間を通じて水温は14度を保ち、冬は暖かく夏は冷たい。また透明度が高く、大量の水が池底の砂を舞い上がらせて湧出する様を近くで見る事ができる。最初に大規模な河川改修を行ったのは加藤清正だった。肥後の藩主になったから自ら船に乗り、何度も白川を往復して検分したと伝えられ、流域全体に様々な治水対策が行われ、一部は現在も生かされている。日本の名水百選に選ばれており、熊本の観光名勝のひとつで、県内外から観光客が訪れている。

 日本三大名城の一つに数えられる熊本城。そもそも文明年間(1469年~1487年)に肥後守護菊池氏の一族・出田秀信が千葉城を築いたのが始まりで、加藤清正が天正16年(1591年)に、千葉城があった茶臼山丘陵一帯に城郭を築きはじめる。慶長5年(1600年)頃に、清正流と呼ばれる石垣の上に御殿、大小天守、五階櫓など優れた土木・築城技術を発揮してほぼ現在の形が完成。関ヶ原の戦いの行賞で清正は肥後一国52万石の領主となった。その後、清正の子・加藤忠広が改易になり、豊前小倉城の城主だった細川忠利が54万石の領主となる。今日では熊本には代表する観光名勝で、全国各地から観光客が訪れている。大型観光バスの駐車場完備。

 寛永13年(1636年)頃に、肥後細川藩初代忠利公が鷹狩の砌、滾滾と湧く清水がお気に召され、御茶屋として作事されたのが始まりとされる水前寺成趣園。通称は水前寺公園と呼ばれ、綱利公の代に大規模な作庭がなされ、桃山式の優美な回遊式庭園が完成。陶淵明の詩(帰去来辞)より成趣園と命名された。華やかな元禄時代には東屋も沢山あり、成趣園十景に象徴された。明治11年には、成趣園を境内地として細川藤孝公以下歴代藩主を祀る出水神社が創建され今日に至っており、熊本の観光名所となり観光客で賑わっている。