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 滋賀県の面積の6分の1を占め、日本最大の面積と貯水量を誇る琵琶湖。湖水は瀬田川・宇治川・淀川と名前を変え大阪湾に流れ出ており、京都市の琵琶湖疎水から取水し水は、淀川流域の上水道に利用され、関西の水瓶としても大きな存在である。またこの川は古くから水上交通路としても利用され、明治時代に鉄道が開通するまで京都や大坂への物資輸送にも利用されていた。湖を渡るには、現在の草津と大津の間の矢橋の渡しを利用するしか方法はなかった。しかしこの渡しは天気に左右され、死亡事故が多く発生する為、急ぐのなら瀬田の唐橋を廻れと云うことから「急がば廻れ」の諺の語源になった。今日ではクルージングやボート遊び、湖沿いの散策など自然を楽しめるレジャー注目され、観光スポットにもなっている。昭和25年(1950年)には国定公園に指定され、多くの観光客が訪れ、琵琶湖八景など風光明媚な景観に魅了されている。

 織田信長が天正7年(1579年)に丹羽秀長に命じ、3年の歳月をかけ完成させたのが安土城。標高約200mの安土山山上に築いた城は、五層七階の大型の天主閣で、金の鯱を乗せたのも初めてだった。 安土城に限り天守閣ではなく天主閣と呼び、ヨーロッバや中国文化の影響を受けた色彩豊かな名城。これは安土桃山時代から江戸時代にかけて造られた城の模範となった。天正10年(1582年)に本能寺の変で、明智光秀軍が安土城を占領したが、山崎の戦いで羽柴秀吉に敗れた明智軍は退去した。その際に天守・本丸など重要な建造物に火をつけた。その後、二の丸を中心に信長の嫡孫秀信が在城したが、天正13年(1585年)に廃城された。幻の名城と云われた安土城を原寸大に再現したのが、伊勢安土桃山文化村に現存し、観光客に人気を博している。大型観光バスの駐車場完備。

 現存する天守12城の一つが彦根城。慶長9年(1604年)に井伊直政の子直継・直孝が、標高50mの金亀山に築城に着手し、20年の歳月をかけ完成。以後は、多くの大老を輩出した譜代大名の井伊氏の居城となり、別名金亀城とも呼ばれている。明治に入ると廃城令で破壊や売却されていくなか、明治天皇が巡幸で彦根を通過した際に、同行したい大隈重信が破却中止をを奉上し破却は免れた。今日では天守と付櫓と多門櫓が国宝。城郭は国の特別史跡及び琵琶湖国定公園第1種特別地域に指定され、滋賀県の観光には欠かせない存在になった。また、ゆるキャラのひこにゃんブームも相俟って観光客も増え、連日賑わっている。