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1番星の観光ガイド - 観光情報を簡単検索でタグ「東京都+観光の四方山話」が付けられているもの

 戦前は長屋や民家が犇めき合う下町風情の住宅街で、また国鉄時代の変電所があったため空襲に遭い、周辺一帯は焦土と化した。戦後まもなく、いつの間にか闇市となり様々な物品が売買され、特に飴を売り捌く店が当時200軒以上あったことや、またアメリカ進駐軍の放出物資を売る店も多かったことからアメヤ横丁と呼ばれ、何時の日かアメ横と略称されることが多くなった。現在でも、アメヤ横丁問屋街には、飴などの菓子類を売る店が多い。昭和57年(1982年)に旧変電所跡に、アメ横センタービルが完成し、ほぼ現在の形となった。上野駅に近いせいか観光で訪れた観光客も気軽に立ち寄せる観光スポットとなっている。

 大正3年(1914年)に開業した東京駅は、今や通勤や観光で利用する日本を代表するターミナル駅。大正3年(1914年)に竣工したが、第二次世界大戦の末期、昭和20年(1945年)に空襲を受け丸の内駅舎を焼失した。昭和39年(1964年)に東海道新幹線が開通し。さらに地下鉄丸ノ内線や25mもの地下に総武・横須賀線そして京葉線などの乗り入れた。創建当時の姿にもどす復原工事が平成24年(2012年)に完了した。その敷地総面積は18万㎡と東京ドーム3.6個分と広く、在来線・新幹線を鋏み赤煉瓦造りの丸の内駅舎本屋と地上12階建ての八重洲口駅舎本屋の鉄道会館が建てられた。定期観光バスも東京駅を観光コースに入れているツアーもあり、新しい東京の観光スポットでもある。

 内濠(二重橋濠)に架かり、皇居外苑と宮殿の間の濠にかかる鉄橋で石橋とも呼ばれている。江戸時代は江戸城の西丸下乗橋のあった位置で、下に土台の丸太を組み、その上に橋を重ねて架けいたことから、二重橋の呼ばれるようになった。通常は閉鎖しているが、正月の一般参賀や天皇誕生日には開放され、一般人でも渡ることができる。明治21年(1888年)に鉄橋に変えられ、昭和39年(1964年)に改架され現在に至っている。昔から東京の観光コースになっており、定期観光バスにも組まれ東京代表する観光スポットの一つである。

 戦国時代末期、小田原に本拠をおき関東の覇者北条氏の三代目当主、氏康の次男の北条氏照が築いた山城が八王子城。築城は天正10年(1582年)から15年(1587年)と考えられている。城内に八王子権現を祭ったことから八王子城と云われ、八王子の由来になった。しかし険しい山中に築かれた城だったが、天正18年(1590)に豊臣軍の、前田利家・上杉景勝軍に攻められて1日で落城。平成2年(1990年)には、落城400年という節目に、御主殿地区の石垣と虎口などの通路、御主殿に続く古道が整備され、山麓には御主殿跡と再現した曳橋、山頂には本丸跡や八王子神社があり、曲輪・馬場道跡・井戸などの遺構も点在。城跡入口から城跡山頂までは登り1時間程、下り40分程度歩く。日本100名城の一つに認定され、東京の隠れた観光名勝で、パンフ片手に訪れる観光客もいる。大型観光バスの駐車場完備。

 隅田川や東京湾の船旅が気軽に楽しめる水上バス。東京の新観光名所・東京スカイツリーをはじめ吾妻橋や清洲橋など12の橋を巡る隅田川ライン、レインボーブリッジやお台場大観覧車を海上から見渡すお台場ラインなど、日頃見ることの出来ないシチュエーションを楽しめる。また松本零士プロデュースの未来型水上バス「ヒミコ」が平成16年より運航し、東京には欠かせない観光名所となっており、観光客も多い。

 緑豊かな自然と湧き水に恵まれ、武蔵野の風情を色濃く残す環境の中に佇む深大寺。天台宗別格本山の寺院で、東京では浅草寺に次ぐ古刹で、天平5年(733年)に満功上人が開創したと伝えられている。寛文4年(1646年)と慶応元年(1865年)に火災に見舞われ、堂宇の大半を失った。現在の本堂は大正年間の再建である。白鳳仏(釈迦如来倚像、国の重要文化財)、梵鐘(重要文化財)などの貴重な寺宝でも知られ、年間を通して多くの参拝者で賑わっている。深大寺界隈は週末ともなれば、自然を求めて観光気分で訪れる人も多く、今や武蔵野の観光スポットとなっており、ツアー客は大型観光バスで訪れている。また名物の深大寺蕎麦は夙に有名。

 明治15年(1882年)に我が国で初めて動物園が、誕生したのが恩賜上野動物園。上野駅から徒歩5分の好立地にあり、敷地は西園と東園に分かれており、両園を結ぶ都営モノレールが運行しており、モノレールとしても日本初である。園内は14haの敷地に約500種3000点の動物が飼育されており、なかでも昭和47年(1972年)にパンダが初来日し、一大ブームになった。平成20年(2008年)にパンダの死亡により入場者も減少したが、平成23年(2011年)にパンダが来日し、人気も回復した。現在は観光コースに入っており、大型観光バスで訪れる観光客も多い。

明治天皇・昭憲皇太后を祀っているのが明治神宮。明治天皇が崩御された当初は、京都の伏見桃山陵に祀られたが、東京に神宮を建設したいとの運動が起こり、全国から13,000人もの国民が労力奉仕に自発的に参加し、大正9年(1920年)に創建された。22万坪(約73ha)に及ぶ広大な神域は、江戸時代初めに肥後藩藩主の加藤家の別邸で、寛永17年(1640年)より彦根藩藩主の井伊家の下屋敷だったが、明治7年(1874年)に買い上げられ南豊島御料池となったが、今日では300万人もの人々が参拝に訪れている。東京に観光に訪れる観光客の殆どは参拝に訪れており、東京の観光スポットになっている。

 JR青梅線御嶽駅より麓の滝本駅までバスで約10分。滝本駅から御岳山駅までの1,107mをケーブルカーが6分で結んでいる。滝本駅標高は437m、御岳山駅は標高831m。関東一の急勾配ケーブルカーで、平均勾配22度を一気に登る為、車体自体が平行四辺形になっているのが特徴。御岳山駅には展望台もあり、眼下には関東平野が広がり、訪れるハイカーや観光客を魅了する。また山頂には、創建は第10代崇神天皇7年と伝えられ御岳地獄神社があり、現在は日本三御嶽の1つに数えられている。またケーブルカー下車し、御岳平駅より大展望台駅まで御岳リフトに乗り2分で山頂へ到着。会社設立は昭和2年(1927年)で、首都圏からも短時間で来られる関東の観光名勝としても知られている。

 高さ333mの東京を代表する観光スポットが東京タワー。地上150mの大展望台・250mの特別展望台からの眺めは抜群で、晴天の日には遠く富士山・三浦半島・房総半島まで一望できる。このタワーは昭和33年(1958年)竣工し、総工費約30億円、1年半の歳月をかけ完成。正式名称は日本電波塔で、テレビやFMラジオの放送用電波を送出。また東日本旅客鉃道(JR東日本)防護無線用アンテナとしても活用されている。 フットタウンには水族館をはじめ、カフェやレストランも充実。ランドマークライトとダイヤモンドヴェールの2種類のライト アップを日時によって使い分け、東京の夜景を演出している。平成25年(2013年)には国の登録有形文化財となり、観光客にも改めて見直され、東京スカイツリーと並び人気を博している。

 国内外の観光客で賑わう浅草にあり都内最古の寺院が浅草寺。推古天皇36年(628年)に、宮戸川(現在の隅田川)で漁をしていた檜前浜成・竹成兄弟の網にかかった仏像があった。これが浅草寺本尊の聖観音像である。この像を拝した兄弟の主人が出家し、自宅を寺に改めて供養した。これが浅草寺の始まりと云われている。山号は金龍寺。第二次世界大戦後独立し、聖観音宗の総本山となった。また江戸時代には三度の火災によって正門が焼失した。三度目の慶応元年(1865年)に火災にあってから95年間幻の存在だった。現在は松下電器の松下幸之助氏の寄贈によって、昔の姿そのもので再建され、雷門と親しまれ東京のシンボル的な観光コースとなったおり、観光客が押し寄せている。

 2012年(平成24年)にオープンした高さ634mを誇る世界一のタワー。電波塔であり、商業施設やオフィスビルが併設しているが、日本の伝統的建築の[そり]や[むくり]などを用いた造形に、五重塔の心柱制振システムを現代に再現した工法が採用され、先進技術の粋を集め、高いグレードの構造安全性を確保しています。 首都直下地震や南関東地震、東海地震、また、10分間の平均風速が70~80m/sという500年に一度あるかないかの暴風も想定した構造設計となっている。今や東京を代表する観光名所で、連日多くの観光客で賑わっている。近くを通った観光客でない人も、東京スカイツリーの下から見上げ、そのスケールの大きさに驚いている。