全国の観光施設や観光情報、宿泊施設・名産品などを紹介するインターネット検索サイト

温泉ナビ 温泉情報検索サイト

1番星の観光ガイド - 観光情報を簡単検索でタグ「愛媛県+観光の四方山話」が付けられているもの

 標高80mの丘上に築かれた平山城で、慶長6年(1601年)に城造りの名人・藤堂高虎が築城した宇和島城。城の外郭を上から見ると不等辺五角形で、随所に築城の名手と云われた高虎ならではの工夫が見受けられる。その後高虎が今治に転封となって後、伊達政宗の長子秀宗が宇和郡10万石を賜り、元和元年(615年)に入城。2代宗利の時、天守以下城郭の大修理を行い、寛文11年(1671年)に完成。当時の石垣や天守、矢倉は現在に残している。美しい景観の宇和島には観光を目的にした観光客が多く、観光を兼ねて宇和島城を訪れる観光客で賑わっており、愛媛の観光名勝にもなっている。大型観光バスの駐車場完備。

 道後温泉駅前に、道後温泉本館をモチーフにした絡繰りモニュメントが名物になっており、定時になるには夏目漱石の小説で御馴染みの坊っちゃんやマドンナのキャラクターが動き出し時を告げる。これは平成6年(1994年)に、道後温泉本館100周年を記念して作られ、午前8時から午後10時まで、1時間ごと(季節によっては30分ごと)に道後温泉らしい音楽とともにキャラクターが迫り上がり、思わず観光客も笑顔でみている。隣には道後温泉の源泉を使用した足湯があり、観光客に人気を博している。今日では道後温泉駅前を訪れた観光客がカラクリ時計をバックに記念写真を撮っている。大型観光バスの駐車場完備。

 元弘元年(1331年)の鎌倉時代末期に、守護として国入りした宇都宮豊房によって築城され、その後今から約400年前に藤堂高虎や脇坂安治城主の時に、清流肱川の畔の小高い丘に完成した大洲城。元和3年(1617年)に加藤貞泰が入城して以来、明治維新まで加藤家の居城となった。明治に入り城郭が破壊され、明治21年(1888年)には、天守閣も取り壊された。現存する四櫓はいずれも重要文化財として保存され、かつての面影を今に伝えている。平成16年(2004年)に、写真や資料をもとに天守が日本で初めて木造で完全復元され、木造で復元された4層4階の天守閣。大洲城は伊予の京都と呼ばれ観光で訪れる観光客も多く、観光で訪れて観光客の殆どは大洲城に立ち寄っている観光の名勝にもなっている。大型観光バスの駐車場完備。

 愛媛県の中央部に位置する内子町は、装飾を凝らした懸魚や黄味を帯びた大壁や海鼠壁、弁柄色の格子なが特徴の古い町家群が建ち並ぶが。八日市地区、及びこれに続く護国地区の古い町並みが続き愛媛の観光スポットで観光客に知られている。江戸後期から明治にかけて木蠟が盛となり和蠟燭の一大生産地だったが、現在は観光用として1軒が行っているだけ。昭和50年代に、全国に先駆け伝統的家屋が建ち並ぶ、古い町並みを保存する機運が高まり、八日市や護国の町並みは、昭和57年(1982年)には国の重要伝統的建造物群保存地区に選定された。大正5年(1916年)に建てられた内子座は、地元民の娯楽施設用として歌舞伎、落語、映画上映等に使用されたが、老朽化したため昭和60年(1985年)に建て替えられた。全国から多くの観光を目的に訪れる観光客が絶えない。大型観光バスの駐車場完備。

 松山市のほぼ中央に位置し、標高132mの勝山(城山)山頂に本丸、西南麓に二之丸と三之丸を構える平山城。姫路城や和歌山城と並び日本 大連立式平山城の一つとして数えられ、慶長7年(1602年)に賎ケ岳七本槍の1人加藤嘉明によって、築城が開始され20年以上の歳月をかけて完成させた。別名金亀城とも勝山城とも呼ばれていた。現在は、城跡の主要部分が公園として整備され、大天守(現存12天守の1つ)を含む21棟の建造物が現存し、それぞれが国の重要文化財に指定され、城郭国の史跡に指定されている。昭和8年(1933年)に大天守は免れたが他の建造物は火災により失った。現存建造物は21棟に減少。現在は二条城の28棟に継ぐもの。本丸から二之丸にかけて登り石垣を築いて囲み、丘陵斜面からの大手城道への侵入を防ぐ構造としており、松山に観光で訪れる観光客にも訪れており松山の観光のシンボルに感嘆している。松山を代表する観光名勝。大型観光バスの駐車場完備。

 関ヶ原の戦いでの戦功により伊予半国20万石を領した藤堂高虎が、慶長9年(1604年)にが築いた城で、建造物も含めて完成したのは慶長13年頃と推測される。城づくりの名人に相応しく藤堂高虎らしく、この城は全国的にもまれで海水を堀に引き入れた海岸平城。しかし明治維新後に建造物のほとんどが取り壊され、内掘と主郭部の石垣を残すのみとなった。昭和28年(1953年)に県指定史跡となり、昭和55年(1980年)以降、主郭部跡に天守をはじめとする櫓や門などの再建が進み、雄大な城郭の姿が再現された。今では愛媛県代表する観光名勝となり、連日観光に訪れた観光客で賑わっている。大型観光バスの駐車場完備。

 約3000円の歴史を誇り、日本三古湯の一つに数えられ、日本最古の温泉とも云われる道後温泉。足を痛めた白鷺が、傷を癒したのが起源とされている。明治38年(1905年)に出版した夏目漱石の坊ちゃんにも登場し、18本の源泉から供給され、アルカリ性単純温泉で、温度は42前後で神経痛・関節痛・冷え症・疲労回復などに効能がある。明治27年(1894年)に改築した道後温泉本館は、平成6年(1994年)に公衆浴場として初めて、国重要文化財の指定を受け、今や愛媛県の代表する観光地になっている。近くには子規記念博物館や道後ハイカラ通り商店街などの観光スポットも点在する。また1800年代末に走っていた蒸気機関車を復活させた坊ちゃん列車も走っており、多様な見所も多い愛媛の観光地である。