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1番星の観光ガイド - 観光情報を簡単検索でタグ「岩手県+観光の四方山話」が付けられているもの

 奥州の雄・藤原氏の初代清衡生誕の地であり、清衡が平泉へ移り住むまで暮らした所で、また平和都市平泉の構想を思案した地。それが奥州市江刺に歴史公園えさし藤原の郷。約20haの広大なスケールで、厳密な時代考証に基づいた120棟余りの歴史的建造物を再現し、見事に蘇った園内。平成5年(1993年)のNHK大河ドラマ炎立つの為に造られた大規模オープンセットで、撮影終了後も歴史公園として整備された。施設側の公表によれば総面積6万5百坪。園内の一部施設で建造過程を記録した当時のVTRが流されている事もある。平安時代のテーマパークで県内外の観光客が訪れている、この界隈随一の観光名勝。大型観光バスの駐車場完備。

 三陸海岸南部、岩手県大船市末崎半島に位置し、黒の碁石を敷いたような海岸が碁石海岸。リアス式海岸の風景と海岸沿いには、穴通磯、巾着岩、雷岩と乱暴谷などや、代島、碁石岬、恵比寿浜や碁石浜まで約3kmも続く美しい海岸線を見せる観光地。なかでも穴通磯は碁石海岸を代表する絶景スポット。波の侵食作用により、大きな洞門が3つも開き、その姿はまさに自然の造形美。小型観光遊覧船でその穴をくぐることもできる。数10mの切り立った岸壁に、激しく砕け散る白波。心地良い潮騒に耳を傾けながら碁石海岸の遊歩道を進んでいくと、まばゆいばかりの白亜の碁石埼灯台に突き当たる。碁石岬の先端は、北緯38度50分、東経141度44分。高さ10.5mから沖合い32kmまで光を届け、訪れた観光客に感動を与えている。岩手県を訪れたなら一度は訪れたい観光名勝。

 陸中海岸を代表する観光地。約5200万年前の古大三紀に形成されており、天保年間(1681年~1683年)に、宮古山常安寺七世の霊鏡和尚(享保12年・1727年没)が、さながら極楽浄土のごとしと感嘆したことから浄土ヶ浜と名づけられた。鋭く尖った白い流紋岩が林立し、それぞれ違った表情を見せて海岸を彩っている。松の緑と岩肌の白、海の群青とのコントラストはまさに一見の価値あり。入り江を形成する岩塊の裏側には、太平洋の浸食を受け、入り江側とは対照的に男性的な景観が見られる。これらは剣の山や賽の河原、血の池などと同じ東北地方に位置する恐山の地名呼称と共通している。平成18年(2006年)に日本の快水浴場百選に、平成24年(2012年)に国指定名勝に指定され、岩手県に訪れて観光客の観光ルートの欠かせない存在。

 岩手県と秋田県に股がる八幡平は、奥羽山脈北部の山群で、標高は1614m、40,489haの広さを誇る。なかでも岩手の八幡平温泉と秋田のトロコ温泉を結ぶ、全長約27kmの八幡平アスピーテラインからは、岩手山や八幡平に連なる雄大な山々の美しい景観を望める。昭和31年(1956年)、十和田八幡平国立公園に指定され観光客が増えた。八幡平には展望の素晴らしい山が3ヶ所あり八幡平三大展望地と呼ばれ、1周約1時間で廻れる遊歩ども完備されている。新緑は6月中旬、紅葉は9月下旬で、特にこのシーズンは訪れる観光客も多い。観光バスの駐車場も完備

 山口県の秋芳洞、高地県の龍河洞と並び、日本日本三大鍾乳洞の一つに数えられる岩手県の龍泉洞。総延長約1200mで、高低差は249mの規模を誇るが、実際の全長は20.5kmとも5kmとも云われ、昭和43年(1968年)に洞窟探検家が潜水事故を起こし、その後は調査はされていないので、予測数値である。第3地底湖の水深は98m、120m以上の第4地底湖など全部で7個の地底が確認されており、世界でも有数の透明度を誇り、洞内にある数多くの鍾乳石が待ち受け、訪れる観光客を魅了している。地底湖の水として昭和60年(1985年)に名水百選に選定されている。震災で一時観光客の数は減ったが、現在は観光バスで訪れている。

 岩手県一関にある磐井川沿いの渓谷で、磐井川が巨岩を浸食し、甌穴・滝・深淵と表情を変え約2kmに及ぶ渓谷美が厳美渓。荒々しい流れと下流のゆったりした淵が対象的で、昭和2年(1927年)には名勝及び天然記念物指定に指定された。また古くから景勝地として知られており、一帯を治めていた伊達政宗や明治10年(1877年)には明治天皇が立ち寄っている。藤原一族が治めていた古都平泉が世界遺産に指定され、観光地として脚光を浴び、その人気の為か、観光客が90万人と急増した。同じ市内には猊鼻渓と類似した観光名所もある。