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 永禄9年(1566年)に、木下藤吉郎(後の豊臣秀吉)が一夜にして築いたと云われる墨俣一夜城。城跡には、当時の砦のような城ではなく、城郭天守の体裁を整えた墨俣一夜城の史資料館が、平成4年(1992年)に開館。この資料に基づいて墨俣築城と秀吉の歩んだ道を中心に展示構成とし、秀吉についての学習ができ、全国から観光をかねた観光客が訪れている。史実は、概要を知る程度でしたが、昭和52年(1977年)に、愛知県江南市の旧家・前野家古文書の中から、墨俣一夜城に関する貴重な資料が紹介され、その全貌が明らかになってきました。また墨俣一夜城桜の名所でもあり、春には団体の観光客や少人数の観光客で賑わう。大型観光バスの駐車場も完備。

 草津・有馬と並ぶ天下三名泉と称えられる下呂温泉は、今や岐阜県欠かせない観光名勝になっている。その歴史は古く、平安時代の天暦年間(947~957年)に湯ヶ峰の頂上付近で発見された。これが下呂温泉の始まりとされているが、しかし発見については諸説がある。いずれにしても下呂温泉は千年以上の歴史を誇り、織田信長が温泉にまつわるエピソードは少ないがないが、唯一天正6年(1578年)に信長公岐阜より飛騨へ湯治の節、関郷を通られ当家で休憩と羽渕家家系図に記載されている。歴史を尋ねての観光を目的の観光客も多く、まやパンフ片手に観光する観光客も目に付く。また団体の観光客や少人数の観光客も多い。大型観光バスの駐車場完備。

 合掌造りの建物が最も多く残る地域で、大小合わせて現在約100棟余りがある。合掌集落の規模としては全国で最大で、国の伝統的建造物群保存地区に選定されていたが、平成7年(1995年)にドイツベルリンで開催された、第19回世界遺産委員会で世界遺産に登録されたが、世界遺産に登録されてから観光目的の観光客が増えた。岐阜県白川村と高山市に分かれ、富山県の3村含まれている。この地区の建物は特異で、屋根が両手を合わせたような形になっていることから、合掌造りと呼ばれるようになった。これは豪雪地帯でも屋根に雪が積もらないようになっている、先人の知恵である。観光名勝の多い岐阜県でも、観光の人気スポットでも常に上位にランクされている岐阜に欠かせない観光ルートでもある。大型観光バスの駐車場完備。

飛騨三大名瀑のひとつに数えられ、岐阜の観光スポットになっている平湯大滝。幅6m、落差64mの壮大な滝で、緑豊かな自然に抱かれ、四季の美しい景観を堪能できるで、日本の滝100選にも選ばれて、平湯大滝は高山市の奥飛騨温泉郷平湯(旧上宝村)にあり、紅葉の名所で知られ、飛騨・美濃紅葉三十三選にも選ばれている。また厳冬期には滝のほとんどが凍りつき、毎年2月には氷瀑がライトアップされ、平湯大滝結氷まつりが開催される。武田信玄の家臣山県昌景が飛騨攻めの折り、硫黄岳の毒ガスにより疲弊し、平湯大滝付近で動けなくなってしまう。その時、一匹の白猿に導かれ、浸かった温泉で回復した伝説がある。それが平湯温泉であった。それ以来、奥飛騨の温泉で知られるようになり、岐阜の観光名勝になっている。周囲は奥飛騨平湯大滝公園として整備され、観光客に注目されている。

 鎌倉時代初期の建仁元年(1201年)、井の口と呼ばれていた岐阜の稲葉山(金華山)山頂に、鎌倉幕府執事二階堂行政により初めて砦が築かれた。15世紀中頃に、美濃守護代の斉藤利永が修復し居城とした。天文2年(1533年)に井新九郎規秀(後の斎藤道三)が後を継ぎ城主となるが、その後息子の義龍・龍興の謀反により斎藤道三が死す。永禄10年(1567年)に義父に当たる斎藤道三の敵討ち兼ねて織田信長が稲葉城を攻略し、尾張小牧山城から本拠を移し岐阜城と改めた。現在の城は昭和31年(1956年)に、岐阜城再建期成同盟によって復興された。金華山一帯は、平成23年(2011年)に岐阜城跡として国史跡に指定され、岐阜では長良川の鵜飼いと並ぶ観光名勝になっている。標高329mを誇り、眼下に鵜飼で有名な清流長良川や恵那山、木曽御岳山が雄大な姿眺められる、訪れる観光客には魅了している。金華山の頂上まではロープウエイが運行しており観光客に好評。

 戦国時代末期永禄2年(1559年)、遠藤盛数が砦を築いたのが郡上八幡城始まりだった。その後、天正15年(1587年)の賤ヶ岳の戦で、その子遠藤慶隆が秀吉とに敵対し敗戦したため城主の座を失ったが、家康のとき復帰した。城主は井上氏、金森氏を経て宝暦8年(1758年)以来、丹後の宮津から転封した青山幸道が、城下の殿町に居館を築き、旧二の丸は本丸、旧本丸は桜の丸、松の丸に改め、四万八千石を領して明治に至った。しかし明治4年(1871年)の廃藩置県とともに城は、石垣を残して翌年から取り壊された。廃城となった後、昭和8年(1933年)に大垣城を模して模擬天守が木造で再建され。木造再建城としては日本最古。現在の城郭一帯の石垣は県の史跡に指定、天守閣は市の有形文化財に指定され、郡上踊りとともに観光の名勝になっており、特に夏場の郡上踊りの見学を兼ねて訪れる観光客も多い、

 宮川に架かる赤い欄干が目立つ中橋を渡るあたりから、古い町並みになる。ほとんど江戸末期から明治期に建てられた屋敷などで、軒を連ねる景観はまるで前世にタイムスリップしたみたい。高山は元禄5年(1692年)、幕府直轄領となったが破却された。その後、旧城下町は町人地となり、飛騨地方の商業の中心地として栄えた。この当たりは下町の上三之町・上二之町の通りを中心に、東の上一之町、西の片原町、南の神明町4丁目にまたがっている。奈良国立文化財研究所の調査後、昭和54年(1979年)に国の伝統的建造物群保存地区に指定される。出格子の連なる軒下には用水が流れ、造り酒屋には看板の杉玉が下がり町家の大戸や、老舗ののれんが連なっている。なかでも観光客で賑わう上三之町には、土産店や喫茶店なども多く連日観光目当が押し寄せている。また観光スポットの高山陣屋や朝市も近くある。

 日本最古の石博物館が岐阜県七宗町にある。約20億年前の石をはじめ、地球の誕生から現代までの地球の生い立ちを、低学年の児童でも分かり易く大映像室で説明。現代から過去の世界へタイムスリップ する特殊効果エレベーターも備え、46億年前の時間旅行を体験でる。館内のクイズコーナーで全問正解するとプレゼントがあり、観光客からも好評。また七宗町は古い歴史を誇り、1300年以上の歴史を誇る神淵神社や龍門寺など観光資源も多く、観光としても訪れる観光客が増えている。