全国の観光施設や観光情報、宿泊施設・名産品などを紹介するインターネット検索サイト

温泉ナビ 温泉情報検索サイト

1番星の観光ガイド - 観光情報を簡単検索でタグ「宮城県+観光の四方山話」が付けられているもの

 仙台市から車でわずか20分、仙台の奥座敷として親しまれている秋保温泉。 宮城県を代表する秋保温泉の歴史は1500年以上と古く、第29代欽明天皇(531年~539年)がに皮膚病に感染したが、どの温泉を用いても効果があらわれす病床に伏していた。そのような中、 古代東北他方の一温泉である秋保温泉の湯を、遠い都がある大和の地へ搬送し、天皇が沐浴をされる機会を得ることになるが、 なんと病は数日で全快されるという快挙をなし遂げた。また戦国時代には伊達政宗も同様の病を患い、 伊達藩は湯守を置いて御殿湯としたと云う。その良質な湯は,有馬温泉,道後温泉と並ぶ日本3名湯の一つに数えられるほどで、全国から大勢の観光を兼ねた観光客で賑わっている。

鳴子の名の由来は、源義経が源頼朝に追われて平泉へ落ち延びる際に、 出羽の国で妻が亀若丸を産み、この地で産湯をつかわせたら初めて呱々の声をあげたことからくる啼子説や、 承和二年(835年)に潟山が大爆発し、熱湯が轟音をあげて噴出したことから、村人が鳴郷の湯と名付けたとする説がある。江戸時代は、鳴子は出羽・羽後両街道の要所で、尿前・鍛冶谷沢・中山・鬼首に宿駅があり玉造四駅として栄えた。 宿場の賑わいは消えたが、尿前の関から山形県の境田までの約5.2kmがおくのほそ道(遊歩道)として整備され、 天然林の山道を散策することができる。鳴子温泉郷は鳴子温泉・東鳴子温泉・川渡温泉・中山平温泉・鬼首温泉の5つの温泉地から構成され、 我が国の11種の泉質のうち9種がここにある。源泉数は370本以上。昔から東北の湯治場として知られ、 効能や泉質の良さには定評があり、宮城を代表する観光地とななり、連日温泉目当ての観光客が訪れている。大型観光バスでも団体客も多い。

松島

 宮城県の観光には欠かせない存在の松島。松島湾内外に浮かぶ大小260余りの諸島と、湾を囲むようにしている丘陵を含めた、美しい景観が日本三景の一つになっている。その歴史は古く、平安時代から歌に詠まれたり、絵画に描かれており、よく知れ渡っていた。伊達政宗公縁の瑞巌寺、五大堂など、様々な寺院も点在する。あまりにも美しさを讃えた本も多く世に出回った。なかでも有名なのが、元禄2年(1689年)に訪れた松尾芭蕉が、旅日記の奥の細道で詠んだ「あ~松島や、松島や」は現在でも多くの人に知られている。随時運行小型遊覧船が就航し、島々の岩肌や松の枝ぶりを間近に見ることができ、印象に残る観光がせきる。

 お釜とは、宮城県蔵王と宮城県川崎町の境界付近に位置する火山湖で、五色沼とも呼ばれ、蔵王連山の観光スポットとして知られている。お釜は養和2年(1182年)の噴火により誕生したと云われ、文政3年(1820年)水が溜まり恥待てたと推定される。最新の噴火で大正7年(1918年)に噴気が発生したが、昭和4年(1939年)に水温が上昇した。しかし噴火に至っておらず湖底のに何カ所か気孔が存在し、火山ガスを継続して噴出が続いている。水は常に緑色に濁り、その色調は季節によって微妙に変化し、水質はpH=3.5の酸性で、生き物は一切生息していないが、エメラルドグリーンの火口湖は訪れる観光客も感嘆。大型観光バス駐車場も完備。

 本堂は書院造で、単層入母屋造本瓦葺の巨大な屋根は壮観で、国宝・重文が多い。本堂、庫裏および廊下は国宝。正称は青竜山瑞巌円福禅寺で、承和5年(835年)開創と伝える臨済宗妙心寺派の寺院。江戸時代には仙台藩主伊達氏の菩提寺として栄えた寛政元年(1789年)の妙心寺派下寺院帳によれば、塔頭22カ所、末寺50カ所の大寺だった。平安時代の延福寺は、現在の瑞巌寺とは別の場所にあり、その位置は不明である。平成4年(1992年)の瑞巌寺境内発掘調査で、9世紀の製塩炉が見つかり、その場所が当時寺院ではありえないことが分かったが、延福寺の規模は意外に小さかったのではないかとする説もある。今日では松島の観光コースに入っており、連日観光客の参拝が耐えない。観光バスの駐車場完備。