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1番星の観光ガイド - 観光情報を簡単検索でタグ「和歌山県+観光の四方山話」が付けられているもの

 昭和45年(1970年)に、日本で最初指定された海中公園が串本海中公園。公園内にはトンネル式大水槽・サンゴ水槽・子ガメの水槽などの水族館や海中展望塔をはじめ半潜水型海中観光船ステラマリス、本格的なダイビングや体験ダイビング施設串本ダイビングパークがあり、和歌山を代表する観光スポットである。 またテーブルサンゴなどのサンゴ類の群生・コーラルフィッシュが見もので、世界最北限のサンゴ群落と云われ、海域は平成17年(2005年)ラムサール条約に登録され、観光客には好評。大型バスの駐車場完備。

 西国三十三所観音霊場第2番目札所の紀三井寺。寺号は紀三井山金剛宝寺護国院で、宗教法人としては護国院だが、古くからは紀三井寺は真言宗山階派に属している。この寺の歴史は古く、1230年前の宝亀元年(770年)に唐僧・為光上人が東シナ海を渡って唐国より到来。夜半に名草山山頂から霊光を観じて翌日登山し、千手観音様の尊像を感得。この地こそ観音慈悲の霊場、仏法弘通の勝地なりと歓び、十一面観世音菩薩像や自ら一刀三札のもとに刻み、一字を建立して安置した。それが紀三井寺の起源とされている。その後、歴代天皇の御幸や後白河法皇が当山を勅願所と定めてから隆盛を極め、鎌倉時代には僧侶も五百人を越え、江戸時代には紀州徳川家歴代藩主が頻繁に来山され、紀州祈祷大道場として尊這崇した。また三つの井戸があることが寺名に由来し、境内には約600本の桜の木が植えられており、関西一の早咲きとして有名。朱塗りの楼門を潜り、231段の石段を登りつめた境内からは和歌浦が一望できる。昭和23年(1948年)救世観音宗を開創して本山より独立し、今日では和歌山を代表する観光名勝となり、連日観光客で賑わっている。

 那智川にはいくつかの渓流と48余りの滝が存在し、那智四十八滝とも云い、瀧篭修行の行場であった。なかでも一の滝と呼ばれるのが那智の大滝。落差は133m、滝幅13m、滝壺の深さ10m、一段の滝の落差としては日本一の規模を誇っている。毎秒1屯もの水量は日本一にふさわしい迫力で流れ落ち、訪れる観光客を魅了している。また滝の落口の岩盤に切れ目があり、三筋に分かれて流れ落ちるので三筋の滝と呼ばれている。昭和47年(1972年)に国の名勝に指定され、平成16年(2004年)には紀伊山地の霊場と参詣道の一部として世界遺産に登録された。毎年7月9日と12月27日には、飛瀧神社の御滝注連縄張替行事が行われ、大勢の観光客で賑わう。華厳の滝、袋田の滝と並び日本三大名瀑に数えられ、和歌山を代表する観光スポットになっている。

 和歌山市の中心部に位置し、標高49mの虎伏山にある和歌山城。天正13年(1585年)に、豊臣秀吉が弟の秀長に命じて築城させ、その築城を担当したのが築城の名人藤堂高虎だった。慶長5年(1600年)の関ヶ原の戦いで功績を残した浅野幸長が入城。元和5年(1619年)には、徳川家康の第10男・頼宣を藩主に命じ、紀州55万5千石の城となり、尾張・水戸と並び、徳川御三家の一つとして長い歴史を刻んだ。明治維新までの250年間、その天守閣の華麗な姿は維新後においても国宝に指定されていたが、戦災により焼失。現在の天守閣は、昭和33年(1958年)に再建された。内堀や城郭を巡らす石垣は400年の歴史をそのままに、往時の隆盛を偲ばせる和歌山のシンボルそして観光名勝として君臨している。和歌山を訪れる観光客は必ず訪れるスポットである。

 大阪府と奈良県の県境に位置し、標高約1,000m前後の山々の総称。ユネスオの世界遺産に指定されており、その歴史は古く、弘仁7年(816年)に当時の帝・嵯峨天皇より、真言密教の根本道場を開くためにこの地を賜り、平安時代の弘仁10年(819年)に弘法大師空海が修行の場として開いた高野山真言宗で、比叡山」並び日本仏教の聖地。山内の寺院数は真言宗総本山金剛峯寺をはじめから117の寺院が点在し、その約半数が宿望を兼ねている。大勢の信者の方や、四国八十八カ所の霊場を巡ったお遍路さんたちをはじめ、世界各国から大勢の人々が観光を兼ねて参詣に来ている。また世界遺産以後、著しく観光客も増えている。