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1番星の観光ガイド - 観光情報を簡単検索でタグ「佐賀県+観光の四方山話」が付けられているもの

 佐賀県唐津湾沿いに、虹の弧のように連なる松原。17世紀のはじめ、唐津藩初代藩主の寺沢志摩守広高が、防風・防潮林を目的とした植林をしたのが始まり。長さ4.5km、幅400m~700におよび、松の数は約100万本。幕藩時代には、二里の松原とか御松原と呼ばれていたが明治30年代頃から虹の松原と呼ばれるようになった。現在では松原の中央を国道202号線通っており、観光名勝として全国から多くの観光客が訪れ、松の枝で造られた自然のトンネルが多くの人に感動を与えている。昭和30年に特別名勝に指定され、昭和58年(1983年)には日本の自然百選と日本の名勝百選となり、昭和62年(1987年)には日本の道百選にも選ばれている。今日では、三保の松原、気比の松原とともに日本三大松原の一つに数えられ、国の特別名勝に指定されており、佐賀県には欠かせない観光ルートのひとつ。大型観光バスの駐車場完備。

 豊臣秀吉の家臣・寺沢志摩守広高が唐津藩初代藩主となり、慶長7年(1602年)から7年の歳月を費やして築城。唐津市街の北部に位置し、松浦川が唐津湾に注ぐ河口の左岸、満島山の山上に本丸が配され、その西側に二の丸、三の丸が配された連郭式の平山城。天守閣を中心に西に西の浜松原、東に虹の松原を鶴の両翼広げたよぷに見えることから、別名・舞鶴城とも呼ばれている。舞鶴橋から見上げる、その美しさは素晴らしかった。現在の天守閣は昭和41年(1966年)に完成したもので、中は郷土資料館や名護屋城、唐津城,松浦水軍,隠れキリシタンについての考古資料や藩政資料,考古出土品とともに唐津焼の資料が展示してあり、唐津の歴史に触れられる。今日は唐津の観光名勝で。多くの観光客が訪れている。大型観光バスの駐車場完備。

 昭和61年(1986年)からの発掘調査で、佐賀県神埼郡の旧神埼町・旧三田川町・旧東脊振村の3つの町村にまたがって発見された吉野ケ里。時代は弥生時代の物で、我が国最大の遺跡。弥生時代におけるクニの中心的な集落の全貌や、弥生時代600年間の移り変わりや約50haの敷地を誇り大規模な集落だったことを物語っており、日本の古代の歴史を解き明かす上で、非常に貴重な資料や情報が集まっている。物見櫓や二十の環濠など防御的な性格が強く、日本の城郭のはじまりとも云える資料がいっぱい。今日では吉野ケ里歴史公園として佐賀県の観光に欠かせない観光スポットで連日観光客で賑わっていおる。