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1番星の観光ガイド - 観光情報を簡単検索でタグ「京都府+観光の四方山話」が付けられているもの

 東山三十六峰を望む山腹に位置し、一年を通じて鈴虫の音色を楽しめるため鈴虫寺とも呼ばれ、若い観光客に人気のスポット。この寺の歴史は古く、享保8年(1723年)に鳳潭上人によって開かれ、現在は臨済宗に属する禅寺。鈴虫は八代目住職台巌和尚が鈴虫の音に開眼し研究を始め、今日では年間5万匹を育ているため一年を通して鈴虫の音が楽しめる。鈴虫は6月上旬に孵化し、2カ月の幼虫期間を経て成虫になります。サナギにならず、幼虫の姿のまま成虫になる不完全変態の昆虫。成虫になると2カ月の繁殖期間で交尾と産卵を行い、オスは10月下旬には短い一生を終えるが、メスはその後も旺盛な食欲で生き抜いて産卵にそなている。また、どんな願い事も一つ叶えてもらえるという草鞋を履いた幸福地蔵も有名で、参拝者にはお茶・菓子が付きそして僧侶による簡単な説法も聞ける。全国から観光客が観光をかねて立ち寄っている。

 菅原道真が無実の罪で配流され、延喜3年(903年)に太宰府で死去。その後、都では落雷などの災害が相次いだ。これは道真の祟りだと噂が広まり恐れられた。没後20年目に、朝廷は道真の左遷を撤回し、正二位の官位を与えた。永延元年(987年)に一條天皇の勅使が派遣され、国家の平安が祈念された。この時から北野天満宮天神の神号が認められ、寛弘元(1004年)の一條天皇の行幸をはじめ、代々皇室のご崇敬をうけ、国家国民を守護する霊験あらたかな神として崇められてきた。天歴元年(947年)、朝廷によって北野に道真を祀る社殿が造営された。国宝の本殿は慶長12年(1607年)に豊臣秀頼が造営したもので、八棟造と称され絢爛豪華な桃山建築それ以後、天神さん・北野さんと呼ばれ福岡の太宰府天満宮と並び天神信仰の中心となり、全国天満宮の宗祀(本社)の神社として君臨し、京都の観光コースにはいっている。境内には御土居の名残があり、史跡に指定されている。京都の観光名勝に入っており、連日観光客などの参拝が耐えない。

 観光都市京都の代表する観光名勝でもある二条城は、徳川家康が御所の警護と将軍上洛時の宿舎として、慶長8年(1603年)に築城。寛永3年(1626年)三代将軍徳川家光が増築し、今日の様相となった。東西約500m、 南北約400mに塁を築き堀をめぐらし、現存する二の丸御殿は国宝に指定され、6棟からなる武家風書院造。部屋の障壁画は狩野一派の名作。彫刻、飾金具を含め桃山美術の粋を伝えている。本丸御殿は天明の大火(天明8年・1788年)で焼失。現在の建物は京都御苑内にあった旧桂宮御殿を移築したもので、重要文化財である。また慶応3年(1867年)に15代将軍徳川慶喜が大政奉還を決めた所としても知られている。平成6年(1994年)には古都京都の文化財として世界文化遺産に登録され、連日観光客で賑わっている。大型観光バスの駐車場完備。

 全国に約450社の貴船神社の総本社で、本社は京都市左京区鞍馬貴船町にあり、京都を流れる鴨川の水源地に鎮座している。御祭神はタカオカミ神が祀られ、地域名の貴船(きぶね)と違い、水の神様であることから濁らず「きふね」という。創建年代は不詳ながら、天喜3年(1055年)に元々の御鎮座地より現在地の本宮の遷へ移されたという。水の供給を司る神様をお祀っており、創建年代は不詳ながら、平安京遷都以来、水源を守る神として、皇室からも格別の崇敬を受けてきた古社。日照りや長雨が続いた時には雨乞いをしたとして知られている。縁結びの神として、小説や漫画の陰陽師の人気もあり、若いカップルや若い観光客で賑わう一方、縁切りの神、呪咀神としても信仰されており、丑の刻参りでも有名。また涼を求めての川床料理が有名で、全国から観光客が押し寄せ、京都の観光コースからはずせない存在。

 京都大原にある天台宗の寺院で、天台三門跡の中でも最も歴史が古く、伝道師の最澄が延暦7年(788年)に比叡山延暦寺を開いた時に、東塔南谷の梨の大木の下に一字を構えたのが始まり。延暦寺の西北にある大原は、古くから朝廷とのゆかりが深く、延暦寺の強い影響を受けた里。周囲は城郭を思わせる重厚な石垣がめぐらされ、門跡寺院らしい風格があり、藤原時代を代表する往生極楽院(重文)もある。内陣に珍しい大和座りの両脇侍の阿弥陀三尊像(国宝)を安置している。自然の巧みに利用した境内は、客殿や宸殿が建ち、有清園・聚碧園と呼ばれる京都有数の二つの美庭は見物。特に苔庭と新緑や紅葉は美しく、桜や紫陽花、紅葉の季節の他に、雪景色の三千院も素晴らしく、季節ごとの叙情をかきたてる。京都観光からは少し離れたいるが、根強く観光客には人気があり、雪降る大原を廻る観光も一興である。

 全国3万社におよぶ稲荷神社の総本宮で、重厚な社殿や摂末社が建ち並び、五穀豊穣、商売繁盛の神として庶民信仰を集めている。鎮座は和銅4年(711年)と古く、食物・蚕桑あるいは諸願成就の神、中世から近世にかけて商業神・屋敷神へとご神徳も拡大。重要文化財の本殿は明応8年(1499年)に再興。また本殿背後より奥社に通じる参道には、数多くの朱塗りの鳥居が千本鳥居と呼ばれ、稲荷山の神蹟を巡拝するお山巡りは約4km。平成23年(2011年)には、御鎮座1300年を迎えた。5月3日(還幸祭)は稲荷祭で平安朝からの伝統で同社最大の祭典。5基の神輿が南区西九条のお旅所に渡御し、還幸祭に京都駅周辺~松原通まで拡がり、氏子区域を巡幸して帰社し、観光客からも注目されている。外国人が行ってみたいベストテンで1位に、なっているほど国内外から観光名勝になっている。伏見稲荷まで道筋には土産店などの店が並び、土産目当ての観光客に好評。

 平成24年(2012年)にオープンした京都水族館は、高性能濾過システムで造られ人工海水を使用し、これは我が国で初の人工海水水族館。京都の梅小路公園の中にできた水族館で、日本最大級の内陸型水族館でもある。京都の樹木を配し館内には、地元を流れる鴨川に生息する国内最大のオオサンショウウオの展示コーナーをはじめ、ゴマアザラシやケープペンギン、イルカスタジアム、魚眼レンズのある大水槽など楽しめるスポットが目白押し。川と海の生き物を約250種・総数約1万5000匹を展示し、水槽総容量は約3,000屯。京都水族館では、展示だけではなく、京都の自然や歴史を遊びながら学べる。京都には珍しい観光スポットで、全国から観光をかねた観光客で賑わっている。

京都府北部に位置し、日本海の宮津湾にある天橋立。陸奥の松島・安芸の宮島とともに、日本三景と云われ京都府には欠かせない観光名勝である。ロープウエイで展望所まで登り、股のぞきから覗くんと、天へかかる橋のように見える。古風土記によると伊射奈芸命が天に通う為の梯子ようなので、天浮橋と名づけられ天上と地上を往来したと伝えられている。天橋立は宮津湾と内海の阿蘇海を南北に隔て、全長3.6kmに及ぶ湾口砂州とされ、砂嘴の幅幅20~170m。砂地には約8000本の松が茂り、その姿はあたかも天に舞う架け橋のよう。天橋立の中で船が通ると90度回転する珍しい廻旋橋もあり、観光には最適で、連日観光客で賑わっている。

 昭和28年(1953年)に京都中央郵便局の移転が決まり、国際観光都市たる京都の表玄関に相応しい京都タワーが決まった。昭和39年(1964年)に開業し、台座となる京都タワービルの含めた高さは131mを誇る。この高さは当時の京都市の人口に因んでおり、独特なスタイルは海のない京都を照らす灯台をイメージしている。エッフェル塔や東京タワーなどと違い、一切鉄骨を使用しない、厚さ12mm~22mmの特殊鋼板シリンダーを溶接で繋合わせ、 円筒型の塔身としているモノコック構造である。タワーの展望台からは市内はもちろん、天気の良い日には大阪湾までも望める。平成26年(2014年)には、開業50周年に向けた回収工事や外壁工事を行い4月1日はリニューアルオープンし観光客に好評で、観光の街京都には欠かせない存在。

 京都を代表する観光名所になっている金閣寺。元々は鎌倉時代の公卿・西園寺公経の別荘を室町幕府三代将軍の足利義満が譲り受け、山荘北山殿を造ったのが始まりとされている。義満の死後、遺言により夢窓疎石を開山として、禅寺に改めた臨済宗相国寺派のお寺。北山文化を代表する建物としで、1994年(平成6年)にユネスコの世界遺産に登録された。正式名称を鹿苑寺といい、相国寺の塔頭寺院の一つ。舎利殿「金閣」が特に有名なため一般的に金閣寺と呼ばれているが、金閣寺、銀閣寺がともに相国寺の塔頭寺院であることは、あまり一般に知られていない。観光客は必ず訪れる名所で、観光バスなどの団体客も多い。