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観光の四方山話

 箱根を代表する観光スポットの大湧谷。歴史は古く、約3000年前の箱根火山で水蒸気爆発より山崩れが発生し、爆裂火口跡に堆積物が貯まった。さらに約2900年前に小規模の火砕流が発生し冠ケ岳ができ、大地から熱い水蒸気と硫気の噴煙が噴出し、現在の大湧谷となっている。江戸時代は大地獄と呼ばれて人々に恐れられていたが、明治9年(1876年)に明治天皇・皇后の行幸啓の際に大湧谷と改称された。現在では一年を通して観光客で賑わう観光地となっている。また南西の岩場には閻魔台、北東には涌いた水を温め、強羅や仙石方面へ湯を送っている、地獄沢という噴気帯が点在している。

 平安時代初期の貞観6年(864年)に富士山の大規模な噴火で溶岩が噴出した。膨大な溶岩が冷え固まる際に、高熱なガスが溶岩から抜け出して空洞ができた。これが鳴沢氷穴だ。内部の年間平均温度は摂氏3℃と低温で、地下21mでは氷柱や玄武岩質溶岩群を観ることができ、竪穴環状の形状になっている。氷穴内には氷の貯蔵庫があり、江戸時代には幕府に氷を献上したり、大正時代には様々な利用されていた。また鳴沢氷穴は青木ヶ原樹海の東の入口に位置し、年間を通して観光客が絶えず、富士五湖観光には欠かせない存在。昭和4年(1929年)には旧文部省が天然記念物に指定した観光のスポットでもある。

 天応元年(781)に富士山の噴火があり、甲斐国主の紀豊庭朝臣が卜占し、延暦7年(788年)に大塚丘の北方に社殿を建立。これが現在社殿のある地で、ここに浅間大神を移した。大塚丘には日本武尊を祀った。平安時代には山岳信仰が普及し、登山を実践して修行する修験道が各地で広まり、富士講が出現した。貞応2年(1233年)に北条義時造営の後、永禄4年(1561年)に武田信玄が再建した社殿が現存する中では最も古く、現在の本殿は元和元年(1615)に鳥居土佐守成次殿の創建し、いずれも国指定重要文化財になっている。今日ではユネスコ認定の世界文化遺産にも数えられ、多くの観光客が参拝している山梨の観光スポット。大型観光バスの駐車場完備。

 約1万千前、古富士火山の噴火で大量の溶岩を流下し、溶岩流の外部が冷えて固まった際に、 内部の高温の溶岩やガスが圧力で外部に噴き出した。青木ヶ原樹海の豊かな緑に囲まれた、富岳風穴その後に残った空洞で、平均気温は3度と夏は涼を求める観光客で賑わう。総延長は201m、高さは8.7mにおよぶ横穴で、所要時間は15分。昭和初期まで、蚕の卵の貯蔵に使われており天然の冷蔵庫であり、国の天然記念物にも指定され、全国から多くの観光客が訪れている。富士五湖観光に訪れた観光客で連日賑わっている。

 富士箱根伊豆国立公園に指定され、山梨を代表する観光スポット。富士山の噴火によってせき止めれた富士五湖の一つで、面積は富士五湖では2番目の大きさで、水深は精進湖畔と並び3番目。また河口湖には天然の流出口がなく、古来より大雨により増水し、湖岸の村々に洪水被害を出した。江戸時代初期に新倉掘抜が通水用水路の工事を行い、江戸時代後期の慶応元年(1865年)に完成し、新倉村は河口湖の水利権を保持している。平成に入って温泉の採掘され、富士河口温泉郷として温泉街が形成された。平成25年(2013年)世界遺産に登録され、全国から観光客が増々訪れている、観光客も河口の自然を満喫している。

 観光地の長瀞町に、標高約497mの宝登山の山頂と山麓を結ぶ宝登山ロープウェイ。山麓駅と山頂駅は標高差約236mで、ロープウェイの全長は約832mで、つるべ式の四線交走式システムで運行。2台のゴンドラはモンキー号とバンビ号の名称で親しまれ、どちらの名前も、山頂の宝登山小動物公園(昭和35年野猿公園としてオープン)で飼育されているニホンザルとカモシカに因んでいる。山頂周辺にはロウバイ、梅、ツツジ、シャクナゲ、冬桜など四季折々の花が植栽され、秩父連山の山並みとともに堪能できる。山頂駅から徒歩5分で宝登山神社縁の奥宮が奉られている。長瀞を訪れる多くの観光客が訪れる観光名勝でもある。

 長瀞観光の代名詞ラインくだりは、国の特別天然記念物に指定されている、巨大な一枚岩が隆起したの岩畳の中をゆったりのんびりと、時にはスリリングに川下りの醍醐味を味わえる。ライン下りの船は木造の和船に乗りで、昨今はラフティングも楽しめる。ルートは3種類あり、Aコースの親鼻橋から岩畳まで3km、Bコースの畳から高砂橋まで3km、全コースのAB両方のコース6kmがある。また夏は涼風を求めて、秋は紅葉の渓谷美を眺めながら、冬はコタツ船でほんのりぽかぽか暖をとりなながら季節を堪能でき、小さな子様からシニアまで誰でも楽しめる。

 平成18年(2006年)に閉館した交通博物館に替わり、JR東日本の創立20周年記念事業のメインプロジェクトとして、平成19年(2007年)に開館した鉄道博物館が大宮市に開館。メイン展示は館内の約半分のスペースを占有するヒストリーゾーン。ここは日本の鉄道の始まりだった、明治時代初期から現代まで鉄道技術や鉄道システムの変遷・歴史をそれぞれの時期・テーマごとに紹介している。その他に御料車6両など鉄道車両36両の実物車両を中心に展示。往時の貴重な資料や実物車両を縮小した、精巧な模型などや旧型の特急列車や新幹線等、様々な種類の列車が展示している鉄道に特に興味がない人でも楽しめる。昨今では大宮の新しい観光スポットとして観光客も増えている。

 戦前は長屋や民家が犇めき合う下町風情の住宅街で、また国鉄時代の変電所があったため空襲に遭い、周辺一帯は焦土と化した。戦後まもなく、いつの間にか闇市となり様々な物品が売買され、特に飴を売り捌く店が当時200軒以上あったことや、またアメリカ進駐軍の放出物資を売る店も多かったことからアメヤ横丁と呼ばれ、何時の日かアメ横と略称されることが多くなった。現在でも、アメヤ横丁問屋街には、飴などの菓子類を売る店が多い。昭和57年(1982年)に旧変電所跡に、アメ横センタービルが完成し、ほぼ現在の形となった。上野駅に近いせいか観光で訪れた観光客も気軽に立ち寄せる観光スポットとなっている。

 大正3年(1914年)に開業した東京駅は、今や通勤や観光で利用する日本を代表するターミナル駅。大正3年(1914年)に竣工したが、第二次世界大戦の末期、昭和20年(1945年)に空襲を受け丸の内駅舎を焼失した。昭和39年(1964年)に東海道新幹線が開通し。さらに地下鉄丸ノ内線や25mもの地下に総武・横須賀線そして京葉線などの乗り入れた。創建当時の姿にもどす復原工事が平成24年(2012年)に完了した。その敷地総面積は18万㎡と東京ドーム3.6個分と広く、在来線・新幹線を鋏み赤煉瓦造りの丸の内駅舎本屋と地上12階建ての八重洲口駅舎本屋の鉄道会館が建てられた。定期観光バスも東京駅を観光コースに入れているツアーもあり、新しい東京の観光スポットでもある。

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