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観光の四方山話

 愛媛県の中央部に位置する内子町は、装飾を凝らした懸魚や黄味を帯びた大壁や海鼠壁、弁柄色の格子なが特徴の古い町家群が建ち並ぶが。八日市地区、及びこれに続く護国地区の古い町並みが続き愛媛の観光スポットで観光客に知られている。江戸後期から明治にかけて木蠟が盛となり和蠟燭の一大生産地だったが、現在は観光用として1軒が行っているだけ。昭和50年代に、全国に先駆け伝統的家屋が建ち並ぶ、古い町並みを保存する機運が高まり、八日市や護国の町並みは、昭和57年(1982年)には国の重要伝統的建造物群保存地区に選定された。大正5年(1916年)に建てられた内子座は、地元民の娯楽施設用として歌舞伎、落語、映画上映等に使用されたが、老朽化したため昭和60年(1985年)に建て替えられた。全国から多くの観光を目的に訪れる観光客が絶えない。大型観光バスの駐車場完備。

 松山市のほぼ中央に位置し、標高132mの勝山(城山)山頂に本丸、西南麓に二之丸と三之丸を構える平山城。姫路城や和歌山城と並び日本 大連立式平山城の一つとして数えられ、慶長7年(1602年)に賎ケ岳七本槍の1人加藤嘉明によって、築城が開始され20年以上の歳月をかけて完成させた。別名金亀城とも勝山城とも呼ばれていた。現在は、城跡の主要部分が公園として整備され、大天守(現存12天守の1つ)を含む21棟の建造物が現存し、それぞれが国の重要文化財に指定され、城郭国の史跡に指定されている。昭和8年(1933年)に大天守は免れたが他の建造物は火災により失った。現存建造物は21棟に減少。現在は二条城の28棟に継ぐもの。本丸から二之丸にかけて登り石垣を築いて囲み、丘陵斜面からの大手城道への侵入を防ぐ構造としており、松山に観光で訪れる観光客にも訪れており松山の観光のシンボルに感嘆している。松山を代表する観光名勝。大型観光バスの駐車場完備。

 関ヶ原の戦いでの戦功により伊予半国20万石を領した藤堂高虎が、慶長9年(1604年)にが築いた城で、建造物も含めて完成したのは慶長13年頃と推測される。城づくりの名人に相応しく藤堂高虎らしく、この城は全国的にもまれで海水を堀に引き入れた海岸平城。しかし明治維新後に建造物のほとんどが取り壊され、内掘と主郭部の石垣を残すのみとなった。昭和28年(1953年)に県指定史跡となり、昭和55年(1980年)以降、主郭部跡に天守をはじめとする櫓や門などの再建が進み、雄大な城郭の姿が再現された。今では愛媛県代表する観光名勝となり、連日観光に訪れた観光客で賑わっている。大型観光バスの駐車場完備。

 駿府城で75年の生涯を閉じた徳川家康公を祀る目的で、元和2年(1616年)に造営された久能山東照宮。亡くなる直前、家康公は家臣たちに遺骸は久能山に埋葬することを遺命として託した。二代将軍徳川秀忠公は直ちにそれを実行し、また久能山に家康公を祀る神社を造営することを発令した。大工棟梁の中井正清が同年に着工、1年7ヶ月の期間で社殿が建てられた。当時最高の建築技術・芸術が結集された権現造の様式は、日光東照宮を始めとする全国の東照宮建築のひな形になった。もともと久能山には久能城があり、武田信玄により築城された城で、信玄の軍師であった山本勘介が掘った井戸が残っている。1159段の石段からの風光明媚な景観は有名だが、日本平山頂からロープウェイも利用できる。今日では全国から観光目的に日本平に訪れた観光客も参拝する観光スポットでもある。平成22年(2010年)には社殿が国宝に指定され、より一層観光客が増え、静岡に欠かせない観光名勝となった。

 日本平は静岡市の駿河区と清水区の境界にある景勝地で、有度山(標高307m)の山頂及び附近一帯を云う。その昔、日本武尊が東征の際、草薙の原で野火の難にあい賊を平定した後、この山の頂上に登り四方を眺めたことから日本平と呼ばれるようになったと伝説が残る。現在は日本観光地100選や国の名勝地、県立自然公園に指定され、日本観光地百選コンクールでも1位になった。富士山を正面に、眼下には三保松原や駿河湾の絶景が広がる。またロープウェイで久能山に登れば、平成22年(2010年)に社殿が国宝に指定された、久能山東照宮があり全国から観光客が訪れている。いまでは静岡には欠かせない観光スポットである。大型観光バスの駐車場完備。

 天正・文禄・慶長年間には盛んに採掘され、佐渡の金山と並び称せられた土肥金山。江戸時代に第一期黄金時代を、明治時代から昭和にかけて第二期黄金時代を迎え、佐渡金山に次ぐ生産量を誇り、その推定産出量は金40t、銀400t。金山は昭和40年(1965年)に閉山したが、その後は観光坑道として利用されている。洞内では江戸時代の採掘作業の風景など等身大の電動人形が再現をし観光客を楽しませんている。また、金山資料館・黄金館では、金山に関する貴重な資料や鉱石などを展示。また平成17年(2005年)に、今まで巨大金塊の200kgを超え250kgに更新。ギネスにも認定され世界一を奪取。伊豆に観光で訪れた観光客には好評。大型観光バスの駐車ば完備。

 観光客で賑わう伊豆高原に、お椀を伏せたような美しい曲線の大室山は、約4,000年前の噴火によってできた単成火山。標高580mの山頂に直径300mのすり鉢状の噴火口を持つ休火山で、全山萱にお覆われている。リフトで山頂に登ると相模湾に浮かぶ大島、伊豆七島や天城連山、富士山、箱根へ続く山並など360度の大パノラマの眺望を堪能できる人気の観光スポット。また大室山は伊豆東部火山群のなかで最大のスコリア丘で、山全体が国指定の天然記念物となっている。例年2月の第2日曜日に山焼きが行われ、観光客も松明を持って参加でき、春の観光イベントになっている。

 伊豆の地名発祥の地となった伊豆山神社。 源頼朝が蛭ヶ小島に島流しになっていた時に、源氏の再興を祈願し、治承2年(1181年)に頼朝と北条政子が結ばれた場所で、縁結びの神社としても知られている。のちに頼朝が鎌倉幕府を開いた際には篤く崇敬、幕府再興の崇敬社となった。古来は神仏習合が盛んに行われ、弘法大師や多くの修験者が入峰して修行を積んだ霊場、霊山でもある。また箱根神社とともに二所権現と呼ばれる古社で、桜の名所でもある。祭神は火牟須比命・伊邪那伎命・伊邪那美命で、今日でも観光で訪れた観光客が参拝したいる。大型観光バスの駐車ば完備。

 平成5年(1993年)に地上70階、高さ296mの超高層ビルで横浜のシンボル。当時では日本一の超高層ビルだったが、現在はあべのハルクスに次いで2番目に高い。69階には展望台フロアのスカイガーデンを設置し、全国からの観光客で訪れ69階からの景観を堪能している。低層部にはショッピングモールのランドマークプラザが併設され、ショッピングが楽しめる。ホテルやホールなどが入っています。また日本に現存する商船用石造りドックが国の重要文化財に指定され、そのドックヤードガーデンについても解説している。

 横浜港にある歴史的建築物で横浜を代表する観光スポット。江戸時代は200年以上続いた鎖国が終わり、世界に門戸を開いた。その交易の中心のなったのが横浜。横浜赤レンガ倉庫はこうした時代の要請によって保税倉庫として建設された。当時の最先端技術を駆使し、鉄と煉瓦が組み合わされた構造で、我が国の主要な煉瓦造建築の一つ。ペリーが来航した時は、100戸人口500人歩程の小さい村だったが、横浜村が開港の場所と定められ、横浜の都市としての歴史が始まった。現在は赤レンガパークとして整備され、横浜を代表する観光施設となり、大勢の観光客が訪れている。

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