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観光の四方山話

 大阪・北のまん中に聳える、2棟連結の近未来的超高層ビル梅田スカイビル。平成5年(1993年)完成し、地上40階、地下2階、高さ173mの連結超高層ビル。館内にはホテル、映画館、レストラン、イベントホールなどの多彩な機能を誇るが、なかでも最上階はシンボルの空中庭園展望台があり、天空に向けて開放された360度見渡せる景観は素晴らしいく、美しい夕陽や夜景を堪能する観光客で賑わっている。現在では大阪のランドマークにふさわしいく、観光の名所になっており、連日観光客をはじめ大勢の人で賑わっている。

 2013年の訪日外客数は1,036万4千人で、前年の24%も上回った。 これは日本政府観光局が統計を始めた1964年に以来、初めて1,000万人を突破した。これまでの最高は2010年の861万人で殆どが観光だった。これは円高の是正や東南アジア諸国の査証緩和措置によりもので、東南アジアカッラの観光客は増々増えるのが予想される。
 国別では台湾、香港、タイ、シンガポール、マレーシア、インドネシア、ベトナム、インド、豪州、フランスが過去の年間最高記録し、日本各地の観光地は大歓迎。

 第一次世界大戦後、案内人を乗せた乗合馬車や乗合自動車で、古戦場巡りがヨーロッパで起こり、起こったのが定期観光バスの始まりと云われている。またほぼ同時期にロンドンやパリ市内観光バスが運行された。
 日本では、大正14年(1925年)に東京乗合自動車が、上野を起点に日比谷公園・銀座通り・愛宕山・明治神宮などを遊覧したのが定期遊覧乗合バスの始まりで、地方から訪れる人々に観光を楽しませた。昭和3年(1928年)には女性のバスガイドの定期観光バスが運行。同じ年に京都市の定期観光バスも始まった。しかし戦時色が色濃くなった昭和15年(1940年)に廃止となった。

 日本で初めて新婚旅行したのは坂本竜馬。日本で初めてラーメンを食べた人は水戸黄門などが夙に知られているが、日本で最初にチョコレートを食べたの誰だろう?
 それは伊達政宗がスペインに派遣した支倉常長と云われている。視察を命じられた支倉常長だが実際は物見、即ち観光気分でなかったのかと推察される。名目は通商交渉とされたいるが、支倉常長がエスパーニャやローマに訪れた時は、日本国内ではキリストの弾圧が始まっており、通商交渉は成功する訳がなかった。元和6年(1620)に帰国するまで、各地を訪れ、即ち観光を楽しんだのでは...。支倉常長はチョコレートを最初に食べた人でもあるが、観光も初めて行った人でもある。

 日本最古の石博物館が岐阜県七宗町にある。約20億年前の石をはじめ、地球の誕生から現代までの地球の生い立ちを、低学年の児童でも分かり易く大映像室で説明。現代から過去の世界へタイムスリップ する特殊効果エレベーターも備え、46億年前の時間旅行を体験でる。館内のクイズコーナーで全問正解するとプレゼントがあり、観光客からも好評。また七宗町は古い歴史を誇り、1300年以上の歴史を誇る神淵神社や龍門寺など観光資源も多く、観光としても訪れる観光客が増えている。

 観光とは、他の国や地方の風景・史跡・風物などを見物すること。または 他国・他郷を訪れ,景色・風物・史跡などを見て歩くこと。 19世紀に世界に先駆けモナコ公国が、観光を国の柱に据えたのが始まりとされている。我が国の観光は、江戸後期に盛んに行われた花見、お伊勢詣り、熊野詣で、はたまた富士山の登山が観光の原点と云っていいのでは。戦前は、日本の統治下あった南洋群島で「内地観光団」も行われていた。

 安政6年(1859年)日米通商友好条約により、横浜・長崎と共に日本で最初の貿易港となった函館。 この為、欧米文化の影響を直接受け、特に函館西部地区の元町周辺は開港当時から栄えた所で、各国の様式を備えた教会・旧領事館・石畳の坂道とこれらがかもし出す風情はエキゾチックなムードを漂わせ、連日観光客で賑わっている。 なかでも二十間坂を下った所に、角張った電柱がある。これが最も古く、日本最古のコンクリートの電柱と云われている。
 大正12年(1923)、元北海道拓殖銀行函館支店が鉄筋コンクリートに建て替えられた際に、建物にマッチする電柱を拓銀が資金を提供し、特別に建てられた。
 今日では、パンフレット片手に訪れる観光客が、隠れた函館の歴史を尋ね歩いている。

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