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観光の四方山話

 観光地・箱根にあって、天平宝字元年(757年)に万巻上人によって創建された箱根神社。その歴史は古く、箱根三所権現とも云われ
、山岳信仰の霊場として多くの信仰を集めてきた。鎌倉時代には源頼朝をはじめ多くの鎌倉幕府要人から敬われた。今日でも木造万巻上人坐像(国重文)をはじめ貴重な社宝が数多く残されており、交通安全・心願成就・開運厄除など、運開きの神様として信仰されているが、箱根の観光スポットの一つになっている。また800年を越す杉並木が続く参道は、とても神聖な雰囲気で訪れる参拝客や観光客の参拝は耐えない。

 八甲田山から続く緩やかな丘陵に位置し、標高20m、面積は約40万haの広大な範囲に、広がっているのが三内丸山遺跡。この遺跡は、今から約5500年前~4000年前の縄文時代前期中頃から中期末葉の大規模集落跡で、長期間にわたって定住生活が営まれていた。学術的にも貴重な存在で発見され、公開しているだけで約5万hamもある。平成4年(1992年)の発掘調査で、竪穴住居跡、大型竪穴住居跡、大人の墓や子どもの墓、盛土、掘立柱建物跡、大型掘立柱建物跡、貯蔵穴、粘土採掘坑、捨て場、道路跡などが見つかり、集落全体の様子や当時の自然環境などが具体的に把握できた。遺跡は近くの遺跡に繋がっている可能性が高く、未だに全容は把握しきれていない。青森にできた新しい観光スポットであり、連日観光客が訪れ遺跡案内の説明を熱心に聞いている観光客もいる。

 大阪に新しい観光名所が誕生。地上60階、高さ300m、日本で一番高い超高層ビルが「あべのハルカス」。工事中の2012年(平成24年)に高さ300mに到達し、横浜ランドマークタワー( 296m)を抜いて日本一高いビルになった。2014年(平成26年)3月に全面オープンし、その総事業費は約1300億円とも云われている。館内にはホテル・デパート・飲食店街があり、また58階59階60階の三層構造になっている展望台がり、天気次第では京都、六甲山系、明石海峡大橋、淡路島、生駒山系そして関西国際空港などが一望できる。その為、観光で訪れる人々や地元の人々で賑わっており、大阪の新しい観光スポットして脚光浴びている。

 北海道を代表する観光のメッカで、日本で最も透明度の高い湖が摩周湖。その透明度は世界でもバイカル湖についで2位。湖面は海抜351m、周囲約20km、面積19.2平方キロメートル、最深211.4mのカルデラ湖。湖の周囲は300~400mの絶壁に包まれ、その斜度は平均45度もあり、これほどの険しさが人間を拒絶しているので、手つかずの自然と透明度を醸し出している。また注ぎ込む川も流れ出る川もないのに、水位はいつも変わらない不思議な不思議な湖で、多くの時間を霧が包み込みなかなか姿を見せてくれないので神秘の湖と云われている。観光客が大挙押し寄せるが何度訪れても霧に隠れてみる事ができない観光客も好きなくない。また摩周湖を見ることができない観光客は、日頃の行いが悪いからだとも云われている。

 京都を代表する観光名所になっている金閣寺。元々は鎌倉時代の公卿・西園寺公経の別荘を室町幕府三代将軍の足利義満が譲り受け、山荘北山殿を造ったのが始まりとされている。義満の死後、遺言により夢窓疎石を開山として、禅寺に改めた臨済宗相国寺派のお寺。北山文化を代表する建物としで、1994年(平成6年)にユネスコの世界遺産に登録された。正式名称を鹿苑寺といい、相国寺の塔頭寺院の一つ。舎利殿「金閣」が特に有名なため一般的に金閣寺と呼ばれているが、金閣寺、銀閣寺がともに相国寺の塔頭寺院であることは、あまり一般に知られていない。観光客は必ず訪れる名所で、観光バスなどの団体客も多い。

 日本一の堤高を誇るアーチ式コンクリートダムの黒部ダム。扇沢駅からトロリーバスに乗りトンネルを抜けると、大自然の中に巨大なダムが視界に入ってくる。およそ50年程前にこの様な場所にこんな巨大なダムを造ったものだと感嘆する。石原裕次郎らが主演の映画「黒部の太陽」やNHKの「プロジェクトX」で建設の困難さを伝えている。特に破砕帯という言葉を広く知らしめたが、実際には171名の方が殉職している難工事だった。また周りの雄大な自然と調和しているような優美さを感じる。放水期間(6/下~10/中)。そのスケールな大自然は訪れる観光客たちに驚きを与え、今や日本を代表する観光名所になっているが、脚が震えてしまう観光客もいる。

 観光客も行き交う箱館山の山麓に、幅員が二十軒もある二十軒坂沿いに函館別院がある。この寺院は明治40年(1907年)の大火で類焼し、大正4年(1907年)に鉄筋コンクリート造りにした。現存する鉄筋コンクリート造りの寺院としては日本最古で、国指定重要文化財に指定されている。明治から昭和の初期にかけ、函館は度重なる大火に見舞われ、大火に強い建築を求められたの理由。今日では観光客が観光パンフレット片手に訪れている。

 国内外の観光客で賑わう浅草にあり都内最古の寺院が浅草寺。推古天皇36年(628年)に、宮戸川(現在の隅田川)で漁をしていた檜前浜成・竹成兄弟の網にかかった仏像があった。これが浅草寺本尊の聖観音像である。この像を拝した兄弟の主人が出家し、自宅を寺に改めて供養した。これが浅草寺の始まりと云われている。山号は金龍寺。第二次世界大戦後独立し、聖観音宗の総本山となった。また江戸時代には三度の火災によって正門が焼失した。三度目の慶応元年(1865年)に火災にあってから95年間幻の存在だった。現在は松下電器の松下幸之助氏の寄贈によって、昔の姿そのもので再建され、雷門と親しまれ東京のシンボル的な観光コースとなったおり、観光客が押し寄せている。

 2012年(平成24年)にオープンした高さ634mを誇る世界一のタワー。電波塔であり、商業施設やオフィスビルが併設しているが、日本の伝統的建築の[そり]や[むくり]などを用いた造形に、五重塔の心柱制振システムを現代に再現した工法が採用され、先進技術の粋を集め、高いグレードの構造安全性を確保しています。 首都直下地震や南関東地震、東海地震、また、10分間の平均風速が70~80m/sという500年に一度あるかないかの暴風も想定した構造設計となっている。今や東京を代表する観光名所で、連日多くの観光客で賑わっている。近くを通った観光客でない人も、東京スカイツリーの下から見上げ、そのスケールの大きさに驚いている。

 19世紀から20世紀にかけ40数国、4,400人余りの外国人が葬られている横浜外人墓地。1854年(完泳年)にアメリカ海軍の水兵の急逝により、海の見える所に墓地を希望したペリー提督の要望通り、外国人専用の墓地が定められたのが始まり。
この墓地は、明治以降は政府から諸外国公館(各国領事団)に貸し与えられた5600坪(約18,000㎡)野広さを誇っている。
 今日では横浜を代表する観光のメッカとなり、全国から数多くの観光客が訪れている。

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