全国の観光施設や観光情報、宿泊施設・名産品などを紹介するインターネット検索サイト

温泉ナビ 温泉情報検索サイト

観光の四方山話

 上毛三山の一つに数えられ、古来より山岳信仰を受けてきた山(標高1,390.3m)で、南西麓には榛名神社が祀られている。495年頃と30年後に大きな噴火した形跡がある。伝説によると巨人妖怪のダイダラボッチが富士山と浅間山、榛名山を競争で造ったが、あと一息のところで富士山にダイダラボッチが勝った伝えられている。諏訪神社や弘法大師などの民話が数多く残っている。周辺には水沢温泉や伊香保温泉など、温泉が湧き出ているいで湯も数多い。今日ではマイカーの観光客やバスツアーの観光客そしてバス電車を乗り継いでくる観光客も多い。大型観光バスの駐車場完備。

 慶長2年(1597年)に、豊臣家五大老の一人である宇喜多秀家が築城した岡山城。三層六階の天守閣は織田信長が築城した安土城天主閣を模して築かれたと伝えられ、全国的にも珍しい不等辺五角形の天守台をしている。関ヶ原合戦以前の古式を伝える貴重な天守で、当時は築城技術の発達が著しく、豊臣秀吉の大坂城、毛利輝元の広島城と並んで近世城郭の先駆けとなり、その建築は8年にわたる大事業だった。しかし関ヶ原で豊臣に組した秀家に変って小早川秀秋が城主となり、旭川の流れを変えて本丸の北面から東面を巡らせ、堀の役割を持たせた。黒い下見板張りの外観から別名・烏城と呼ばれた。戦前は国宝であった天守閣も戦災で焼失したが、現在は復元され岡山のシンボルでもあり観光のスポットでもある。隣接する後楽園は水戸の偕楽園、金沢の兼六園に並び日本三名園に数えられる。団体客の観光客や少人数の観光客そしてカップルの観光客連日観光客で賑わっている。大型観光バスの駐車場完備。

 今や日本を代表する観光地となった倉敷。江戸時代初期の寛永19年(1642年)に、幕府直轄地である天領に定められ栄えた倉敷。それ以来、備中国南部における物資の集散地として発展した歴史を持つ。高瀬舟を使った水運によって特産物が集まり、倉敷川畔には豊かな商人の町家や白壁の土蔵が建ち建ち並び、天領時代の良き時代を今に残している。昭和44年(1969年)に倉敷市の条例に基づき美観地区に定められた。昭和54年(1979年)には重要伝統的建造物群保存地区に指定された。昭和5年(1930年)に建てられた日本最初の西洋美術館・大原美術館や明治21年(1888年)に建てられた旧倉敷紡績工場を採用した倉敷アイビースクエアなどの観光スポットも多い。団体客の観光客や少人数の観光客そしてカップルの観光客連日観光客で賑わっている。大型観光バスの駐車場完備。

 海抜1,800mに位置する群馬県を代表する温泉でもあり観光地でもある。緑に囲まれた上信越高原国立公園内の中の高山温泉郷が万座温泉。温泉は酸性硫黄泉で約80度の高温。湧出量は1日に540万ℓに及び、昔から豊富な湯量に恵まれ、また泉質は27種類を数え、名湯中の名湯と云われている。重荷呼吸器病や胃腸病、リウマチや皮膚病に効能も 多彩でと云われ、難病を治したというエピソードも数多く伝わっている。さらに美肌効果も高く、女性にも圧倒的な人気を誇っている。源泉は、姥湯(湯畑)、 大苦湯、錫湯、鉄湯、苦湯、ラジウム北光泉、法制の湯などがあり、お風呂を巡りながらさまざまなお湯を楽しむことができる。また、春は残雪と新緑、夏は避 暑、秋は紅葉、そして冬はスキーと、一年を通じて四季折々に楽しめる為、団体客の観光客や少人数の観光客
そしてカップルの観光客が訪れている。大型観光バスの駐車場完備。

 赤城山・妙義山とともに上毛三山に数えられる榛名山の神を祀る榛名神社。その歴史は1400余年前、第31代用明天皇の時代に創建された古社とされ。また南北朝時代には、上野寛永寺の下に属されていた。本殿は200余年前の文化3年(1806年)に再建され、御祭神は後方の御姿岩の洞窟の中に祀られている。明治の神仏分離により仏教色が廃され、元の榛名神社に復した。境内には、戦国時代、武田信玄が箕輪城攻略の際、矢を立て戦勝を祈願した矢立杉をはじめ、文化財・天然記念物が多数点在している。現在はパワースポットとして、また観光名勝として若者からお年寄りまで多くの方で賑わっている。団体客の観光客や少人数の観光客そしてカップルの観光客が訪れている。大型観光バスの駐車場完備。

 地名の由来には、独特の硫黄成分の強い温泉の臭いから臭い水を意味する「くさうず」が変化しという説と、大般若経の中の一文、南方有名是草津湯より来ているという説がる。草津には数多くの著名人が足を運んでおり、鎌倉幕府を開いた源頼朝や徳川八代将軍吉宗が江戸まで湯を運ばせたことや、松尾芭蕉や東海道中膝栗毛で有名な十返舎一九も訪れ、草津温泉に足跡を残している。草津温泉は 歴史の香りも漂う町なのです。明治6年(1878年)には草津の温泉の効能を高く評価し、世界に広く紹介したベルツ博士が初めて草津温泉に足を踏み入れた年でもある。草津温泉の湯もみを有名にした、平井晩村が草津に来訪したのは大正7年(1918年)と記録に残っている。草津温泉の観光名勝にもなっている湯畑は、毎分4000ℓ以上の熱湯が沸きあがり、これを何本もの木樋に流して熱湯を冷まし、各旅館へと送っている。全国より観光を兼ねた団体客や少人数の観光客そしてカップルの観光客が大勢訪れている。大型観光バスの駐車場完備。

 約1,900年前の榛名山二ツ岳の火山活動によって湧出した伊香保温泉。標高600~800mの榛名山の北東斜面に広がる温泉街は、400年以上前から形成されており、シンボルの360段の石段を、カランコロンと下駄を鳴らして歩く様は温泉情緒を醸し出している。目の前の榛名湖は群馬県を代表する観光スポットで、観光を兼ねて温泉を楽しむ観光客も多い。茶褐色の硫酸塩泉は、その昔から子宝の湯として有名な黄金の湯。また透明のメタケイ酸泉は白銀の湯。飲泉所も設置されており、弱酸性・低張性の温泉は通風や慢性アレルギー性疾患に効能が高い。明治43年(1910年)には、渋川から路面電車が開通し、バスの台頭で昭和35年(1956年)に全廃した。今日ではマイカーの観光客やバスツアーの観光客そしてバス電車を乗り継いでくる観光客も多い、大型観光バスの駐車場完備。

 三重県志摩半島の大王埼の突端で、太平洋に付き出た大王埼灯台。「伊勢の神前、国崎の鎧、波切大王がなけりゃよい」と船乗たちに恐れられた大王崎はも、昭和2年(1927年)に総工費(当時の)36,221円94銭建設され、海の安全を照らしている。大王埼灯台は地上から灯塔の頂部まで高さ20.50m、全国で14基ある参観灯台の一つで、 見張り台は展望になっており観光客に人気の観光スポット。周辺は伊勢志摩国立公園に指定され、リアス式海岸で風光明媚な地で、観光客にも欠かせない観光名勝も多く、大王埼灯台は多くの画家に親しまれている絵描き町でもあるの。団体の観光客や少人数の観光客そしてカップルが訪れている。大型観光バスの駐車場完備。

 三重県の鳥羽湾に浮かぶ小島で、日本の真珠産業を築いた御木本幸吉が、明治26年(1893年)に世界で初めて、真珠養殖に成功した島。ここでは海の宝石・真珠、そして真珠王と呼ばれた御木本幸吉のすべてを知ることができる。島内には、美術工芸品を展示する真珠博物館をはじめ御木本幸吉記念館、パールプラザなの他、磯着を着た海女の潜水実演も必見。幕末に生まれ明治、大正、昭和と激動の時代を生き抜き、96歳で没するまでの波瀾に富んだ生涯を紹介。そして人物像に迫る。鳥羽は三重県を代表する観光地で、ミキモト真珠島は鳥羽水族館と並ぶ観光スポットで、団体の観光客や少人数の観光客そしてカップルが訪れている。大型観光バスの駐車場完備。

 織田信長が築城した幻の安土城を中心に、洛中洛外、楽市楽座、戦国砦など安土桃山時代の街並みを、時代考証に基づき再現した伊勢安土桃山文化村。観光の街・三重県伊勢市に平成5年(1993年)に開業し、安土桃山時代の歴史や文化をテーマに、敷地面積33.4㎡、総工費300億円(そのうち安土城は70億年)で開村した。この村を舞台に忍者、戦国武将、花魁、町奉行などが笑いと感動のライブパフォーマンスを繰り広げており、入口の戦国大門を潜ると、もうそこは戦国時代。村内 は、領民の里(一の丸)、忍者の里(二の丸)、城廓の里(本丸)の三層構造になっており、村内は駕篭バスが走るほど広大。元々観光客で賑わっていた伊勢市だが、この村ができてから増々観光客が増え、団体の観光客や少人数の観光客そしてカップルが訪れている。大型観光バスの駐車場完備。

トップページへ戻る | 観光の四方山話